個別指導(個別指導塾)は「変化を続ける教育の現場」の完璧な上下関係

パワーバランスの変化

昔は日常的に竹刀を持ち歩いていた先生が当たり前のようにいました。間違いを犯した生徒を叩いて指導するためです。今では考えられませんが、かつてはそれが「普通」だったのです。何故、そんな光景が「普通」に思えたのか、それは教師に対して「恐い」という感情を持っていたのと同時に「偉い」という感情を持っていたからではないでしょうか。
昔の教師は、目に見えて上の立ち場にいました。今では、体罰は違法行為として扱われ、教師に対して即座に処分が下されてしまいます。もちろん、それぞれに良し悪しはあります。体にアザを付けさせなければ、教えられないことなのかという考えもあれば、痛みを伴うからこそ本当に理解できるという考えもあります。優劣の判断は難しいところでしょう。

学級崩壊の増加

現在は昔よりも学級崩壊の発生数が多くなっています。その学級崩壊についても、昔とは少し事情が違うようです。ゆとり教育以前の学級崩壊というと、クラスにいる不良グループが授業や学校活動の邪魔をし、収集がつかなくなるというものが大半でした。学級崩壊といっても、素行の悪い生徒は一部というのが特徴です。一方、近年の学級崩壊というと、生徒の私語や服装の乱れといった問題を、教師が注意できないということをきっかけに発生しています。
いざ指導をしようとすると、教育委員会やマスコミに取り上げられやすい現代の社会事情を盾にして逃れようとするため、正しい教育が行えないのです。学級というのは、生徒が先生の言うことを聞くということが前提でなりたっています。表面化していないだけで、現在はその構図はほとんどの学級で成り立っていないのです。そのため、教師がいざ指導をするといった場面が訪れると、その威厳の無さが発覚し、教師と生徒のパワーバランスは崩壊し始めてしまいます。
昭和の時代では、違法行為を繰り返す生徒に対し、体育教師が顔面を殴るといった強烈なシーンもありました。それはそれで大きな問題でしたが、現在は小さな問題を対処できないほどに、教育の現場が疲弊してしまっているのが現状です。

【ウィザス】より
個別指導塾のイチオシ情報を確認する